不意を突かれた
お盆直前まで29連勤くらいしてきた反動で、9月末まで仕事がなくなってしまった。
定期的な小さい仕事もあるし、飛び込みで大きな仕事も入るのだが
目下のところ、急いで片づけなければいけない原稿はひとつもない。
この長い長い盆休みを有意義に過ごすべく、溜まった映画のマイリスト(いつか見ようと思っていた映画リスト)を消化するべく重い腰を上げたのだが
意外や意外、ひとつめから傑作に当たってしまった。
20011年公開、WARRIOR
監督はギャヴィン・オコナー
ベンアフレック主演で独特なアクション映画「コンサルタント」を撮った監督です。
ウォーリアーというこの映画、スポーツドラマ映画と銘打たれていて
いわゆるロッキー系の格闘技とドラマ性のカタルシスを同時にぶつけて2倍オイシイみたいなエンタメ映画だと思っていたのだが
2時間の作品中、最初の1時間は父親と二人の息子が延々とドロドロしつづける展開が続く。
そんでもって、作品中盤から唐突に「レディースアンドジェントルメーン」と試合当日の華やかなシーンへと入れ替わる。
カタルシスロケットを発射するための燃料準備はほとんどないのだ。
延々とシャドーボクシングしたり、体重制限やカロリー制限はおろか、長距離の走り込みシーンもほとんど描かれない。
それもそのはずで、弟であるトミーは超ハードパンチャー。
従軍経験のある現ホームレスみたいなキャラで、現役のプロ格闘家をほぼワンパンで沈めていく。原動力は怒り。それだけ。
兄であるブレンダンは、冴えない元プロ選手であり現在は教師をしている。
家のローンと娘の医療費に困って賞金目当てで復帰するが、しぶとく立ち技を耐えて寝技でタップを奪う職人。
正反対の兄弟と、アルコールで家庭を壊した罪を背負う父親との、3人がメインとなっている。
誤解を恐れずに言えば、この映画の派手な会場や観客、実況解説はすべて飾りだ。
リングの上で戦うのはロシアから来た人類最強のチャンピオンでもなんでもなく、親子ゲンカと兄弟ゲンカなのだ。
人は、どれだけ努力をすれば「頑張ってるね」と認めてもらえるのか。
人は、どれだけ罰を受ければ「罪を許そう」と言ってもらえるのか。
そういう客観的に数値を出せない、人それぞれのラインというものを
登場する兄弟や親子の物差しで定義していくのがこの映画だと感じた。
父親であるパディがアルコールを断って1000日が経過するのだが、映画を盛り上げるには禁酒を破る展開があるに違いない・・・と思っていただけに
このタイミングでかよ、と本当に悲しかった。野菜炒めを食べながら見ていたのだが、ボロボロと泣いた。
アメリカはアル中の恐ろしさをこれでもかと映画で見せるにも関わらず、簡単に人をアルコールの魔力に引きずり戻す。ひどいよ。
メインテーマが家族問題であるだけに観客たちはカヤの外だが、兄ブレンダンの奥さんもカヤの外だった。
この奥さん、夫が格闘技に復帰すると知るや否や猛烈に反対する。
家の家計を助けるためにバイトを掛け持ちしているが、夫がケガするのは見たくないのだ。
散々ヒステリックに騒ぎ、試合も見ないと断言したが、決勝当日には観客席でヒョッコリと応援している。
生徒とかもそうだけど、この試合すげー賞金のついたすげーイベントのはずなんだが、なんでみんなチケットとれたんだろう。
HIPHOPや格闘技、一般的に男の世界と言われる業界では、男女差別が批判されがちだ。
体育会系的な社会性、ホモソーシャル的な一面が女性に不公平性を強いていることは理解できる。
理解できるが、相手を理解していないのは女性も同様だ。
表面からはうかがい知れない、男特有の行動原理を冷や水かけて台無しにする女性には、公平性をとやかく言う権利はない。
それぐらいこの映画において妻のテスはカヤの外だった。
サッカーフリークの会話に、W杯のときだけすり寄ってくるにわかサッカーファンとでもいうのか、なんでお前の相手をせなアカンねん、という雰囲気がしてしまう。
受けなくてもよい理不尽を受ける女性は多い。そのほうが圧倒的だ。
しかし、差別というよりそもそも相手にされていないことを差別がどうのと言い出す女性もいる。
なぜか終盤からミソジニー擁護になってしまったが、それくらい暑苦しい男のケンカ映画でした。
本来ならこういうステレオタイプのマチズモ映画は好きではないんだけど
MMAにかこつけた家族ドラマというのに不意を突かれてしまった。
この記事でこの映画を見たいと思う人はいないと思うが、もし見てもらえれば
「あ、男の映画やなこれ」と理解してもらえるはずだ。