映画「Calibre」感想

f:id:Khvost:20180711133806j:plain

邦題:最悪の選択

男同士で狩猟を楽しもうとスコットランド北部へ出かけた幼なじみの2人。だが週末の旅はたちまち悪夢に転じ、人としての本質を揺るがす耐え難い試練が待ち受ける。

 

久しぶりに非の打ちどころのない映画を見たな、という感想。悪く言えば凡庸でシンプルだが、脚本に粗が見られない映画というのはそうそうあるものではない。

ちなみに予告編はよほど勘が鈍い人でもない限り2分で全容が理解できてしまうので本編より先に見てはいけない。それだけ内容がシンプルってことなんだけど。

いわゆる出オチ系の映画ではなく、途中の心理描写や細かい伏線もしっかりカメラに収めて、それでいて退屈になる余計な描写も無い。

Netflixオリジナルとなる作品にはそれぞれ理由があるのだけど

「完成したけど配給先が無い」のでNetflixが配給権を買った場合(制作会社やプロデューサー、ディレクターでのトラブル)の他に

「ネタはあるのに金出す人がいない」パターンと「集客のために自社コンテンツ制作」パターンとに分かれる。

これは恐らく後者だと思うんだけど、どうしてこんなに完成度の高いものが作れるのかが分からない。興行収入だけを見た利益至上主義が逆にクオリティを下げたり、才能ある人の機会を奪っているのだろうか。

 

以下ネタバレを含む雑記感想。

 原題のCalibreはイギリス英語でCaliberのこと。

銃の口径を表す他に、慣用句として人の度量の大きさや、物の品質を表す時にも使われる。

直訳で邦題をつけるなら「銃口」とかストレートなのでもよさそうだと思ったが、作中で主人公たちは様々な選択を迫られていくことになる。そのほとんどが裏目に出て最悪の展開、結果になる点を踏まえれば最適な邦題なのかもしれない。*1

よくホラーやサスペンスを見ながら「あー・・・そうじゃないだろ」と思うことは珍しくないが、本作ではなまじそうも言えない選択ばかりだ。

旅先でハメを外し、気が大きくなることは誰しも経験があるだろうし、突然の事故に動転し、その場の勢いに流されることも理解できるはずだ。

そういう「心の隙」というか、人間の心理を上手く捉えているからこそ、この映画から目を離させない必然性として機能している。

作品冒頭から突っ込みどころができれば、それは即ち作品を客観視してしまうもので、同時に飽きられ、早々に低評価されてしまいかねない。

B級娯楽映画として、割り切って突っ込みながら見る作品などはその限りではないが、映画にせよ生身の人間同士にせよ、最初から舐められていいことは一つもない。最初の印象というのは侮れないものだ。

f:id:Khvost:20180711141352j:plain

 村の名手ローガンは、その点まったくの逆を行く人物だ。(画像右)

パブで旅行者に愛想よく話かけ、狩りの成功を願う「人のいいオヤジ」という印象から

やがて村の過疎化を憂い、未来を冷静に見据え、村人を先導する良きリーダーと印象が変わる。

夕食に同席した旅行者が金融関係に勤めると知るやいなや、従兄と目くばせをして資金援助を誘致する。

旅行者がドラッグとレイプに関与しても、未来のために村人をぐっと抑え込む。

最後の主人公に与えた選択などもそうだが、これは決して優しさなどではない。優しいだけでは人はついてこないだろう。

全体の利益のために少数の犠牲を選択できる残酷さ、度量の大きさが彼をそうさせるのだ。

溺愛する甥への感情を押し殺し、主人公たちが持つ価値、品質を狡猾に見極める。やってることはほぼマフィアのドンやで・・・。

 

ところで、主人公ヴォーンが冷静に警察へ通報した場合、どのような結果が待っていたのだろうか?

友人マーカスは「殺人だと思われる」と言っていたが、あの距離から22口径で意図した殺人というのもおかしな話だろう。科学捜査により最悪でも過失致傷罪で済むのではなかろうか。

地元の人間であるにも関わらず、狩猟期に森の中で目立つ格好もせずウロウロしていたのだから、被害者の落ち度も考慮されるかもしれない。そして父親の指紋が銃に付着していたことから、緊急避難が適応される確率は充分あるだろう。

事故により適切な対応を行わなかった点は、死亡しているのが明白という理由で何とかならないだろうか。死体の遺棄は問題だが、殺人の場合は証拠隠滅の罪に問われないので微妙なところだ。

腕の良い弁護士をつければよくて罰金刑、少なくとも人生を狂わせるほどの懲役刑にはならないと思うのだがどうか。だからこそ村人は司法の手に委ねてたまるか、という態度をとるという必然性が生まれるのだけれど。

あと「娘がドラッグ使ってレイプされた」って怒鳴り込んできたオッサンは何だったんでしょう?

金髪のケバい女が終始ニヤニヤしてたのがすげー気に入らなかったんで、最初はハメられたのかとも思ったが、マーカスがコカイン持ってる描写もあるんで真実なんですかね。

示談金を迫るでもないし、被害者が深刻そうに見えないから動機が不明だったけど、友人女性の言葉を借りるなら「退屈だった」とかが理由でしょうか。

ヴォーンとマーカスの人間性を表現するのに必要といえばそれまでで、村人との確執や事件関与への疑いも含めて「アリ」な演出ですけどね。

f:id:Khvost:20180711145956j:plain

しかし腹立つなこの女。

 

思いついたので追記。

この映画の特徴として、脇役を含めた登場人物の心理描写がことごとく細かい。

イギリス人のお国柄なのか、脚本家や監督からの指示なのかは不明だが、意味の無い配役やセリフがほとんど無いのだ。

たとえば上記のケバい女の友人である女性は、ぱっと見は地味で「なんでこの二人が仲良いんだ?」って感じに見えるが

田舎ではジャンルの違う友人ってのも珍しくなく、要するに若者はみんな「退屈」してるのだ。

人殺しであるヴォーンを一応かばうシーンを見せたり、婚約者の存在を聞いて「飲みなおそう」と切り替える大人しい女性もいれば

村のみんなが知ってる問題児であり、彼氏にあてつけるためだけに行きずりの旅行者とセックスする女性もいる。

村の問題にわらわらと弟だ、従兄だ、友人だ、と血気盛んなマッチョ親父が出てくるのも妙にリアルで

「これは監督の幼少期の実話なのでは」とすら思ってしまうリアリティがある。

*1:ちなみに「最悪の選択」でググると、同名のタイトルで山梨県警の動画がヒットする。ヤクザには気を付けよう!