お題その4

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ゲームの中で知り合った彼女は、実際に会ってみると予想より随分小柄だった。
その表現は正しくないのだろうけど、会話の節々から感じる印象は、もっとどっしりしていたのだ。
文字だけでやり取りできる情報などたかが知れている。所詮みんな自分に都合の良い誤解をしているのだろう。

オープンベータを経て、ラグナロクオンラインの世界にどっぷりと浸かっていた私は、この世界に多少飽いていた。
どれくらい遊んでいたのかをはっきりと思い出すことはできないのだが、高校に入学した時に正式サービスを開始したことは覚えている。
Sara鯖からLisa鯖に移住したので、そのへんの時系列に詳しい方は勝手に逆算していただければよい。
ゲームの内容としては、ごくごく単純なクリックチョンゲーだ。多少のプレイヤースキルは要求されるのだろうが
基本的には格下の敵を沢山倒して、コツコツとお金や経験値を稼ぐ類のもの。e-Sportもクソもない、時間潰しのひとつだ。

月々1500円の課金をズルズルと続けていた学生にとって、ゲーム内に飽いてしまうというのは何よりも恐怖だ。
新しいキャラを作ってみては、Lv80あたりで頭打ちになる、その繰り返しだ。*1
自然と同じように目標を見失った人同士で寄り合い、月額課金のチャットゲームと化す。その当時のネトゲではありがちの風景だった。
私が所属していたギルドもその程度のお気楽な雑談ギルドで、実装したばかりの攻城戦も「暇な人でエンペでも叩く?」くらいのノリだった。
細かい流れは失念したが、このギルドには独自のギルドメンバー交流会があった。
週末や祝日になると、誰ともなくたまり場に集合し*2そこそこにメンバーが集まると
これまた誰とはなしに「今日は誰の番?」と口にする者が現れる。
「昨日は私が」「俺は先週やったなぁ」「そろそろお前の番じゃないか?」毎回顔を出す人ばかりではないが、その場の雰囲気で担当が決められると
みんなの前に立ち、思い思いの話を始める。要はその日の退屈を紛らわせるネタを提供する役目なのだ。
その場のメンバーでは到底厳しいBOSSモンスターの狩りを提案する者もいれば
全員で普通にレベル上げや金策に出かけることを提案する者もいる。
かと思えば、最近見かけた面白いプレイヤーの話をしだす者がいて
リアルの生活であったよもやま話に花を咲かせることもある。基本的には自由だ。時間を潰せればそれでよい。

ギルドメンバーの中でも古参であり、数少ないプリーストであった彼女は、自然とメンバーの中心人物であった。
クリックチョンゲーで狩りをする手段は二つしかない。回復魔法をかけて貰って殴るか、回復POTを連打しながら殴るかだ。
基本的に1割のヒーラーと1割のタンクと8割のダメージディーラーで構成される世界、ゲームのシステム的にもメンバーの精神的にも支柱となるのは必至だった。
そんな彼女であるが、交流会で先頭に立つ時は決まって狩りよりもアニメの話や雑談を好んでしたがった。
大人数で少ないヒーラーを担当することに負担を感じていたのかもしれないし、やはりゲーム自体に飽いていたのかもしれない。
当時の彼女はガンダムSEEDにご執心で、ネット上で流行するミームの話題や、腐女子特有のカップリング話で盛り上がっていた。
(余談になるが、この頃から爆発的に腐女子が一般化してきた印象がある。癌種もBL界におけるキラーコンテンツだったのだろう。)

私はというと、とにかくネットで暇を潰すことに執心してたガキだったので、手あたり次第にネタをばらまいていた。
2chで見つけた話題やゲーム掲示板のレスを紹介してみたり
(メインキャラクターのほうで所属していた)大手ギルドから漏れ聞いた、ゲーム内での時事ネタなど、何でもよかった。
とにかくその場が盛り上がればなんでもよかったので「最近よく一緒に遊ぶメインギルドの殴りプリが気になる」と言い出すのも時間の問題だった。
殴りプリ、それはヒーラーでありながらヒール能力を後回しにし、近接攻撃によってダメージソースになるドMの象徴。
当然ながらソロでのレベリング性能も、PTでの貢献度も低い不遇の職業であった彼は、とにかく同情の対象であった。
そう、彼は♂プリなのだ。

話し出すや否や、にわかに色めき立つギルドメンバー。腐女子ならずとも、何を言い出すんだコイツは、という空気で場は盛り上がる。
すまねえ、殴りプリの兄貴。経験値稼ぎに貢献してやったんだ、一肌脱いで貰うぜ。*3
このエピソードが相当にギルメンの間で流行したようで、しばらくの間ログインする度に「ようホモ」だの「彼氏は元気か?」だのと言われ続けた。
いいんだ、みんなが盛り上がってくれれば。本職(?)のホモには申し訳ないが、うんこで大喜びする小学生みたいなものとして捉えてくれ。
ゲーム内でホモとして振る舞う自分。これも一種のネカマのようなものだろう。
その場が盛り上がりさえすればいい、現実でホモと指を差されるわけではないのだ。そう、リアルでこいつらと会う訳ではないのだから。

件の腐女子プリーストが、私の通う高校の卒業生であると知ったのは、それからしばらくしてのことだった。
ふとした雑談のはずみで、それぞれが住んでいるところを話している時に発覚した。
そこからズルズルと地元トークを続けていくうち、ファミレスでリアルでの出会いをするまでにそう時間はかからなかった。
ゲーム内でのチャットと同じく、よく喋りよく笑い、それでいてどこか自堕落な、フリーターとしてのモラトリアムを享受する普通の大人だった。
相変わらずホモだなんだとは言われたが、そこを掘り下げるでもなく雑談をしてその日は別れた。

その当時、高校に入ったばかりの私に1学年上の彼女がいた。
入学式からそう日にちも経たない頃に、ラブレターを送ってきた、大人しい人だった。
高校からほど近いコンビニで働く彼女に、バイクで会いに行っては他愛もない話をする、そんな付き合いだった。
ゲーム内でホモと呼ばれている私を知ったらどう思うのだろう、とは考えないでもなかったが
ネットゲームのネの字も知らない彼女に知られる心配はないだろう。そんなことを心配すらしていなかった。
その日も彼女がレジを担当するコンビニで、シフトが終わるのを雑誌の立ち読みをしながら待っていた時のことだ。
「ようホモ」とよく通る声がした。振り返るまでもなく、にやにや笑いのその声の主は、高校OGであり、腐女子であり、ギルドメンバーである。
おお、と声にならない返事をして二言三言会話をすると、彼女はビールをレジに持っていき、会計を済ませて出て行った。
生活圏が被ってればこんなこともあるわな。冷や汗かいたぜ。レジに立つ恋人に視線を向けると、なんとも言えない顔をしていた。
何と言うのだろう、ああいう表情は。無表情というのでもなく、放心するような、小首をかしげるような姿勢でこちらを直視している。
ああ、彼氏をホモと呼ばれた時の表情ってやつだな。

 

 

ネットゲーム(が原因)であった理不尽な話。こちらからは以上になります。

*1:大体このあたりで経験値の折り返しであり、これ以上の育成は苦痛を伴う。

*2:確か当時はイズルードだった気がする

*3:勿論比喩的な意味で。